スペースXが、米EchoStar(エコースター)傘下の格安携帯ブランド「Boost Mobile(ブースト・モバイル)」の買収、または同社ネットワークの利用について協議している。米ワシントン・ポストが11月2日に報じた。狙いはスペースX自身のブランドで携帯電話サービスを売ること。同紙によると米国の無線通信市場は年間約2,350億ドル(約37兆円)規模だ。
記事の公開は日本時間2日午後7時(米東部時間同日午前5時)。交渉に詳しい2人の関係者の話として、イーロン・マスク氏が自ら関わり、先月にはEchoStarのチャーリー・アーゲン会長と会ったと伝えている。スペースXもEchoStarも協議を認めておらず、ロイターの取材にも両社から回答はなかった。金額や枠組み、時期はまだ一切出ていない。
それでも市場はしっかり反応した。Fierce NetworkによるとEchoStar株は2日に3%超上昇。Yahoo Finance掲載のTIKRの分析では、スペースX株もニューヨークの午前中に約4%高となった。
なぜBoostなのか
ポスト紙の情報源によれば、マスク氏はまずベライゾンなど大手キャリアのトップに、自社の携帯サービス用にネットワークを貸してほしいと頼んだ。答えは3社ともノー。そこで浮上したのが「もう一つの入口」であるBoostだ。顧客と店舗ブランドはあるが、いまは自前の基地局を持たず、AT&TとT-モバイルから回線を借りて運営している。ロイターによると、EchoStarの携帯契約数は第2四半期末で738万件。大半がBoostとGen Mobileだ。
ただ、この「借りている回線」こそが最大の関門になる。ポスト紙は、キャリアの卸契約は通常、貸し手の同意なしに新しい持ち主へ引き継げないため、AT&TとT-モバイルの同意が「必要になる可能性がある」と書いた。これについてニューストリート・リサーチのデビッド・バーデン氏は「かなり控えめな表現だ」と指摘。ライトシェッド・パートナーズも、スペースXが「Boostを買うだけでMVNO契約まで引き継ぐことはできない」との見方を示している。
大手キャリアの態度ははっきりしている。T-モバイルのスリニ・ゴパラン CEOは10月28日の決算説明会で「スペースXとのMVNOの余地はない」と発言(Light Reading)。ベライゾンのダン・シュルマンCEOも卸契約に「裏口はない」と述べ、本格的な第4のキャリアをつくるには7〜8年で3,000億〜5,000億ドル(約47兆〜79兆円)かかると見積もった。これにマスク氏はXで「2〜3年」と返している。
スペースXがすでに持っているもの
スペースXがEchoStarから何かを手に入れるのは初めてではない。EchoStarは2025年9月、AWS-4とHブロックの周波数免許を現金とスペースX株で約170億ドル(約2.7兆円)でスペースXに売却することで合意。あわせて、Boostの利用者が次世代のStarlink Direct to Cellを使えるようにする長期契約も結んだ。米連邦通信委員会(FCC)は今年5月にこの移転を承認している。
その後もスペースXは、携帯会社に必要な部品をひとつずつ集めてきた。10月にはGrain Managementが全米で持つ800MHz帯の免許を、報道では約80億ドル(約1.3兆円)の現金で買うことで合意。建物の中まで電波が届きやすい低い周波数帯で、マスク氏は「周波数パズルの最後の重要なピース」と呼んだ。ブルームバーグは10月22日、スペースXが全米で少なくとも8万カ所の基地局サイトを確保しようとしていると報道。FCCも先週、衛星から直接スマホにつなぐサービス向けの周波数を広げる案を可決した(EVXの記事)。10月の決算説明会では、米国の主要な携帯キャリアになる考えも示している。
足りないのは、初日から料金を払ってくれる何百万人もの携帯ユーザーだ。新しい衛星を使った自社サービスの開始は2028年初めの予定。700万件超の回線を持つBoostなら、その空白を埋められる。もっとも、回線の「大家」が首を縦に振ればの話だ。TeslaNorthは、両社が周波数取引ですでに結ばれている点を指摘しており、Boostとの合意はゼロからではなく既存の関係の延長になる。
EVXの視点
キャリアが「イエス」と言うとどうなるか。日本がその見本だ。KDDIは2025年4月に「au Starlink Direct」を始め、「docomo Starlink Direct」は半年足らずで利用者1,000万人を突破、しかもドコモの全プランで無料だ。一方の米国では同じ衛星が脅威と受け止められ、スペースXはキャリアと組むのではなく、キャリアを迂回する道を買おうとしている。日本のユーザーにとっては、スマホの衛星通信はこれからもドコモやauを通じて届くもので、スペースXブランドのキャリアが来るわけではない。日本の免許制度と大手の先行を考えれば、Boostのような近道はまず考えにくい。むしろ効いてくるのは料金面で、米国でスペースXが携帯プランを売り始めれば、衛星通信に上乗せできる料金の上限が世界的に下がる。ドコモはすでにタダで配っているわけだが。
バーデン氏は、スペースXが携帯戦略を説明する動画インタビューが1〜2カ月以内に出る可能性もあるとしている。Boostの話がどう転んでも、同社が全体像を公に語る初めての機会になりそうだ。
出典:ワシントン・ポスト、ロイター、Fierce Network、Yahoo Finance(TIKR)、Light Reading、TeslaNorth、EchoStar投資家向け発表、FCC
— EVX News 編集部
アイキャッチ画像:米カリフォルニア州ストックトンのBoost Mobile店舗(2022年3月)。写真:TaurusEmerald / Wikimedia Commons、CC BY-SA 4.0(トリミングあり)
